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はじめに

前回はこのような内容でした。


今回はスイスとイタリア、北欧についてです。これらの国は周辺からの影響を受けながら国内が動いていました。いったいそれぞれどんな変化をしていったんでしょうか。
それでは一緒にみていきましょう!
MQ:スイス、イタリア、北欧は周辺からどんな影響をうけて、どのように変化していったのか?
今回の時代はここ!

スイス
古代ローマ時代
スイスはアルプ山脈の山岳地帯に位置していますが、ヨーロッパの中心に位置していたことから、交通の要衝になっていました。
その後、ローマのカエサルなどが異民族討伐のために侵攻して、スイスはローマ帝国の属州として支配を受けることになりました。

ハプスブルグ家の支配と独立
その後、ランゴバルド王国やフランク王国などの王国の支配を受けていました。
中世になると複数の領主(邦)が立ち並ぶようになり、スイス出身のハプスブルグ家が勢力を拡大していって、スイスを支配するようになります。
しかし、13世紀末ごろから、スイスの領主(邦)たちがハプスブルグ家の支配に対して反抗するようになって同盟を組みます。

この同盟が今日まで続くスイス連邦の基になっているんですよ。
その後、同盟を組んだ連邦は数を増やして勢力を拡大していき、ついに1499年の神聖ローマ帝国との決戦に勝利して、事実上の独立を果たすことになりました。

スイス人はフランスや教皇の傭兵としても重宝されていたそうですよ。
その後、スイスは1648年のウェストファリア条約で国際的に独立が認められて、独立国としてヨーロッパ各国から承認されることになりました。


イタリア
都市国家の分立
イタリアはフランク王国の分裂後に、メルセン条約によって誕生した王国でしたね。
しかし、イタリアを支配しようとする神聖ローマ皇帝によるイタリア政策や、イスラーム勢力の侵入などによって王国は混乱してしまい、各地の有力な都市国家によって分裂状態になってしまっていました。

イタリア半島北部では、ヴェネツィア、フィレンツェ、ジェノヴァ、ミラノなどの都市国家や自治都市(コムーネ)が成立して分立している状態でした。

ヴェベツィアやジェノヴァなどは十字軍を機に発展した都市でしたね。
中部には教皇領があり、それを挟んで南部には両シチリア王国が分裂してできたシチリア王国とナポリ王国が成立していました。

教皇党(ゲルフ)と皇帝党(ギベリン)
イタリアには教皇庁があったので、教皇の影響力がとても強かったんですが、そこに叙任権闘争で対立していた神聖ローマ皇帝がイタリア政策によって介入してきます。
そうするとイタリアの貴族や自治都市では、

教皇側に付くべきだ!

いやいや、皇帝側に付くべきだ!
ということで諸都市やその内部では、教皇党(ゲルフ)と皇帝党(ギベリン)の陣営に分かれて対立する状況になりました。
大都市の支配層だった大商人は主に教皇党(ゲルフ)に付いて、中小都市を支配する封建領主の貴族の多くは皇帝党(ギベリン)に付いて争いました。

都市ごとにきれいに分かれたわけではなくて、都市の内部でも両陣営に分かれて争ったそうです。
これら2つの陣営が対立してしまったことで、イタリアの統一はさらに困難になっていくことになってしまいます。

SQ:なぜ大都市の商人は教皇党に付き、中小都市の貴族は皇帝党についたのか?

ではなぜ大都市の商人は教皇党に付き、中小都市の貴族は皇帝党についたんでしょうか?
まず、大都市の支配層になっていた大商人たちは、もともと支配していた封建領主との戦いに勝って独立を果たしたという経緯がありましたよね。
なので、大商人たちからすると・・・

我々は自由に商売するために領主から独立した。だから皇帝が統一的な支配をすると市場の自由が制限されてしまうから嫌だ。
ということで、自由な経済を望んでいた大商人は、中央集権によって市場を制限されることを拒んだので、教皇党(ゲルフ)を支持して付いたというわけなんです。
封建領主から独立した経緯から自由な経済を望んでいたため、皇帝による中央集権化による市場の制限を拒んだので、教皇党(ゲルフ)に付いた。

そして大都市に比べて規模の小さい中小都市を支配している貴族(封建領主)は、

皇帝が統一してくれた方が、都市の商人と争うこともないし、我々の地位を守ることができるから教皇よりも皇帝が良い。
ということで、皇帝という強力な権力によって統一されるほうが、都市商人との対立を避けて、自分たちの地位や利益を守れると考えて、貴族たちは皇帝党(ギベリン)を支持して付くことになったんです。
都市商人との対立を避けて自分たちの地位を守るためには、皇帝による統一的な支配が必要と考えて皇帝党(ギベリン)に付いた。

以上をまとめるとこんな感じです。
自由な経済を望む大都市の商人は、皇帝の市場統制を拒んだことから教皇党(ゲルフ)に付き、都市商人との対立を避け自らの地位を守りたい中小都市の貴族は、皇帝による統一支配を支持して皇帝党(ギベリン)に付いた。

このような状況から、イタリアは統一が困難となって中央集権化が遅れることになります。
北欧
デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの分立
現在のデンマーク、スウェーデン、ノルウェーがある北欧地域では、9世紀ごろからノルマン人たちがスカンディナビア半島を中心に活動していた地域でした。

ノルマン人はヴァイキングと呼ばれて、西ヨーロッパ沿岸の各地に拠点を作ってましたね。
デンマークを拠点にしていたデーン人のクヌートは、スウェーデンとノルウェーを併合してデーン朝を立てて、一時イギリスまで支配下にいれるほど繁栄しましたが、13世紀以降は解体されてデンマーク王国、スウェーデン王国、ノルウェー王国に分かれていました。

カルマル同盟
しかし、14世紀末になると、デンマークの摂政(せっしょう)だったマルグ=レーテの主導で、デンマークとスウェーデン、ノルウェーの北欧3王国の間でカルマル同盟が結ばれます。
摂政・・・君主が幼少や病気などで統治できない場合に代わりに国を治める役職


マルグ=レーテはノルウェー王と結婚して、王の死後は息子に王位を継がせるために自分の王位継承権を放棄していました。なので摂政というかたちで王を支えていたんです。
しかし、実際には国王のような権力をもって統治していたので、「北欧の女王」と呼ばれています。
このマルグ=レーテによるカルマル同盟は、北欧3王国を同等の扱いにしていたんですが、実際はデンマーク王を盟主とした同君連合でした。
このカルマル同盟は、ヨーロッパでも強大な勢力として君臨することになります。
同君連合・・・複数の国が同じ君主(王)を置いて連合すること。

SQ:なぜカルマル同盟は成立したのか?

ではなぜ北欧3王国は同盟を結んだんでしょうか?
なぜ国同士で同盟が結ばれると思いますか?

お互いに利益はあるからですか?

その通りですよ。
同盟とは協力することでお互いに利益があるから結ばれます。
では3王国それぞれにどんな利益があったんでしょうか?
まずはカルマル同盟の盟主デンマーク王国です。
デンマークは当時、海産物などの特産品を北海とバルト海などの海上交易で輸出することで繁栄していました。

特に塩漬けにしんが特産だったそうですよ。貴重なタンパク源だし、保存も効きますからね。
海上交易の繁栄によってバルト海周辺で最も強大な王国になったんですが、14世紀以降、ライバルが現れます。
それが北ドイツ諸都市が中心となって作られた北ヨーロッパ商業圏を支えていたハンザ同盟と、ドイツ騎士団でした。
デンマーク王国は同じく北ヨーロッパ商業圏で活動をしていたハンザ同盟の諸都市や、ドイツ騎士団と交易をめぐって対立するようになっていき、王国繁栄のために交易の主導権を確保する必要に迫られたんです。

加えて14世紀に黒死病(ペスト)が北欧3国を襲ったことで、王国内は不況に陥ってしまい、王権をめぐって内乱が起きるなど国力が低下してしまいます。
それによってデンマークだけでなく、スウェーデンやノルウェーでも王権の弱体化で貴族の勢力が台頭してしまい、王権による中央集権化が困難な状況になっていってしまったんです。
こうしたハンザ同盟やドイツ騎士団などの外部からの脅威や国内の政治的混乱を治めて統一・安定させるために、デンマーク王国のマルグ=レーテを中心に起こったのがカルマル同盟だったんです。
交易で対立する外部からの脅威や、貴族の台頭による政治的混乱を治めて国内を統一・安定させるために北欧3王国で同盟が成立した。

カルマル同盟はその後16世紀まで続いたんですが、スウェーデンが独立運動を起こして離脱したことで解散することになりました。
まとめ
MQ:スイス、イタリア、北欧は周辺からどんな影響をうけて、どのように変化していったのか?
A:スイスは神聖ローマ帝国のハプスブルグ家の支配に抵抗して現在の母体となるスイス連邦を形成した。イタリアは諸都市でイタリア政策で介入してきた神聖ローマ皇帝側の皇帝党(ギベリン)と教皇側の教皇党(ゲルフ)に分かれて対立が起き、統一が困難となった。北欧は3王国が外部からの脅威や政治的混乱を収束させるためにカルマル同盟を結んで強大化していった。

今回はこのような内容でした。

次回は中世の西ヨーロッパ文化についてです。中世ヨーロッパの文化ではキリスト教はどんな役割を果たしたんでしょうか?
それでは次回もお楽しみに!
「愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ。」by ビスマルク
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