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はじめに

前回はこのような内容でした。


今回はフランス絶対王政下で全盛期を築いたルイ14世の親政と侵略戦争についてです。
MQ:ルイ14世の絶対王政は、フランス国内とヨーロッパ全体にどのような影響を与えたのか?
経済・宗教・軍事
フランスではブルボン朝のルイ14世のもとで絶対王政が全盛期を迎えました。
そこでルイ14世がおこなったのが「親政」と呼ばれる王権への中央集権政策でした。
経済(コルベールの重商主義政策)
当時は、オランダが海上貿易の覇権を握っていた時期だったので、そのオランダに対抗するために、まずルイ14世が親政でおこなったのが、重商主義政策でした。

重商主義政策とは、輸出を奨励して輸入を抑制することで、金銀を国内に引き込もうとする経済政策ですたね。
金銀の保有量が「国がどれだけ繁栄しているか」の基準でしたから。
そして、その政策を任されて財務長官に選ばれたのがコルベールという人物でした。

コルベールはマザランに才能を見出されて出世した元商人でした。


まずコルベールが取り込んだのが、輸出力を上げるために、フランス産業の国家主導での育成でした。
毛織物などの伝統産業に加えて、兵器やガラスなどの新しい産業の成長にも取り込みました。
そのために国立の工場も設立して、国内のマニュファクチュア(工場制手工業)に生産や販売の独占権を与えて保護・育成しようとしました。

国立の工場では作業効率が最優先だったので、労働者の団結やストライキが禁止されたそうです。労働者の権利よりも国益が優先されたんですね。
そして、こうした国内産業を守るために、外国製品に対して高い関税をかけて入りずらくし、逆にフランス製品の輸出を積極的におこなうことによって、金銀を流入させようとしました。

そしてコルベールは、フランス国内に留まらず、海外進出にも目を向けていきました。

海外貿易の拡大や海外植民地の建設も国の大きな財源になりますからね。
北アメリカ大陸に進出していき、ミシシッピ川流域に広大な「ルイジアナ植民地」を建設します。
そして、国営のフランス東インド会社と西インド会社を設立して、アメリカ新大陸との貿易を独占しようとします。

東インド会社はアジア、西インド会社はアメリカ大陸での貿易特許を与えられた会社のことでしたね。
その過程で中米の西インド諸島では、黒人奴隷によるタバコや綿、サトウキビなどのプランテーションを拡大していきました。
こうしたコルベールの重商主義政策によって、フランスは莫大な富を手にするに成功しました。


しかしその富は、ヴェルサイユ宮殿の建設や宮廷の贅沢、そして度重なる戦争に浪費されていくことになります。
ちなみにヴェルサイユ宮殿での贅沢三昧には、コルベールも苦言していたそうですよ。
宗教(ナントの王令の廃止)
財務長官コルベールが亡くなったあと、国王ルイ14世は宗教政策でも大胆な政策をおこないます。
それがナントの王令の廃止です。
ナントの王令とは、2代前のアンリ4世がユグノー戦争を終わらせるために打つ出したものでしたよね。
カトリック信仰を基本としつつも、プロテスタントにも一定の信仰の自由と権利を認めたナントの王令は、フランスにある程度の宗教的寛容をもたらしていました。
しかし、それからおよそ90年後にその秩序を覆したのがルイ14世だったんです。
ルイ14世の時代は、フロンドの乱を鎮圧して貴族の権力を押さえつけ、王権を絶対的なものにしていました。
その絶対王政の完成に向けて、ルイ14世がこだわったのが「一国一宗派」だったんです。
カトリックこそがフランスの精神であり、それ以外の宗派は「国家分裂の脅威」と見なしたんです。

ルイ14世は熱心なカトリック信者で、「信仰の守護者」という自負があったみたいです。
このルイ14世によるナントの王令の廃止によって、ユグノー派の礼拝は禁止されて、教会は破壊されてしまいました。
牧師たちも国外に追放されてしまい、ユグノー派には改宗か亡命の二択が突きつけられることになってしまいました。

SQ:ナントの王令の廃止はフランスや周辺諸国にどんな影響を与えたのか?

ではこのナントの王令の廃止は、フランスや周辺諸国にどんな影響を与えたんでしょうか?
このナントの王令の廃止では、フランスから数十万人のユグノー(カルヴァン派)が弾圧を恐れて密かに国外に逃亡したといわれています。

ここで、ユグノーにはどんな人たちが多かったか覚えていますか?

ユグノーはカルヴァン派で勤勉者救済がモットーなので、商工業者に多かったです!

その通りです。カルヴァンの「予定説」によって商工業者の多くに受け入れられたんですよね。
なので、この国外逃亡したユグノーの多くは、フランス産業に欠かせない熟練の手工業者や商人だったんです。
従って、「ユグノーの大量流出=商工業者の大量流出」を招いてしまい、フランス国内の産業が停滞してしまう結果になってしまったんです。

逆にフランスから逃れたユグノー(カルヴァン派)は、周辺諸国に影響を与えました。
イギリスやオランダ、スイス、プロイセン(ドイツ)などのプロテスタント国家が彼らを受け入れて、その国の産業発展に貢献したんです。
ドイツのベルリンには多くのユグノーが移住して手工業を育成し、スイスでは時計などの精密機械が発展するなど、ユグノーたちの技術が新しい土地で花開いたんです。
こうしてナントの王令の廃止は、フランスでは宗教的には「統一」されましたが、経済的・文化的には大きな損失を被ってしまいました。
逆に周辺のプロテスタント諸国では、ユグノーによって国内産業が発展することになったというわけなんです。
フランスではユグノー(主に商工業者)が大量に国外へ逃れ、産業の停滞を招いた。一方、彼らを受け入れたプロテスタント諸国では、ユグノーの技術や知識が産業発展に大きく貢献した。


ちなみに、この出来事でイギリスではカトリックへの不信が高まって、ルイ14世と親しいジェームズ2世への警戒が強まり、後の「名誉革命」への伏線になったんですよ。
常備軍の創設
絶対王政を極めたルイ14世は、その権威を維持しながら国民や周辺諸国に示すために“軍事力”を重視しました。
それまでの傭兵に頼り過ぎないように、重商主義政策で手にした富をつぎ込んで、巨大な常備軍を編成しました。

この常備軍の編成によって、フランスはヨーロッパ最大で最強の陸軍国家になりました。
そして、最強の陸軍を備えたルイ14世率いるフランスは、代々伝統となっていたハプスブルク家との対抗に加えて、大規模な侵略戦争をしていくことになります。

南ネーデルラント戦争、オランダ侵略戦争、ファルツ戦争
その侵略戦争をする際に主張されたのが“自然国境説”です。
自然国境とは「国境を山や川などの自然の地形にそって決める考え方」で、フランスはこれに沿って、ライン川やアルプス山脈まで国境を拡大させるべきだと考えたんです。

この自然国境説をもとに、ルイ14世は周辺諸国に戦争をしかけていくことになります。
・南ネーデルラント戦争(1667〜1668年)
スペイン領だった南ネーデルラント(現在のベルギー)に対し、ルイ14世は王妃マリー・テレーズの王位継承権を主張して出兵。
この戦争は「王妃の戦争」とも呼ばれ、フランスの領土拡大が初めて本格的に表面化した戦いでした。
しかし、オランダ・イギリス・スウェーデンが「三国同盟」を結成してフランスに圧力をかけたため、ルイ14世は講和に応じ、わずかな領土を得て戦争は終結しました。
・オランダ侵略戦争(1672〜1678年)
今度はイギリスのチャールズ2世と密約を結び、フランスはオランダにも侵攻しました。

これを機に始まったのが第3次イギリス=オランダ(英蘭)戦争でしたね。
このときオランダ総督だったウィレム3世は、国土を水没させる「洪水作戦」でフランス軍の進撃を阻止します。
イギリスは途中で戦線を離脱しましたが、フランスは単独で戦いを継続し、最終的にいくつかの領土を獲得して戦争は終結しました。

ちなみにこの戦争のさなか、オスマン帝国による第2次ウィーン包囲が起きて、ルイ14世は中立を装いながらも、神聖ローマ帝国の背後を突く構えを見せ、間接的にオスマン帝国を支援していたとも言われています。

・ファルツ戦争(1688〜1697年)
そしてドイツのファルツ選帝侯の継承問題にも介入していき、フランスは再び出兵することになります。
このフランスの侵攻に対して、オランダ・神聖ローマ帝国・スペイン・スウェーデンが「アウクスブルク同盟」を結成して対抗しました。
戦争中にはイギリスで名誉革命が起こり、オランダ総督ウィレム3世がイギリス王ウィリアム3世として即位したことで、イギリスも同盟側に加わることになり、戦争の規模は拡大していきました。
フランスは最終的に一部の土地を手に入れましたが、イギリスとオランダの同君連合を承認せざるを得なくなり、隣国に大きな脅威を抱えることになってしまいました。

スペイン継承戦争
勃発
イギリス=オランダ同君連合を阻止することに失敗したルイ14世は、勢力拡大を西に向けて、西隣のスペインにも首を突っ込んでいくことになります。

前のファルツ戦争での見返りが少なくて国民の間で不満が広がっていたので、王権への人気を取り戻す意味もあったそうですよ。
その頃、スペインでは国王カルロス2世(スペイン系ハプスブルク家)が後継者を残さずに亡くなってしまいます。
この時に、王位継承権を主張したのがフランスでした。
ルイ14世の王妃がカルロス2世の姉マリー=テレーズだったことから、孫のフィリップをスペイン王に推します。
神聖ローマ帝国など複数の国家も王位継承権を主張しましたが、最終的にカルロス2世が遺言で指定していたフランスのフィリップがスペイン王位に就くことで一旦落ち着きます。
こうしてルイ14世の孫フィリップがフェリペ5世としてスペイン王として即位することになりました。

しかし、このフランス王室の出身者がスペイン王になったことに、他国は脅威を感じて対フランス同盟を組むことになります。
こうして、イギリスやオランダ、オーストリアなどの同盟国が、フランスに対して宣戦したことで始まったのがスペイン継承戦争でした。


人間関係が複雑なので、家系図でまとめておきましょう。


16〜17世紀の戦争が「宗教戦争」だったのに対し、このスペイン継承戦争などの18世紀の戦争は「王位継承」と「領土」をめぐる主権国家の争いへと変化していました。
経過
このスペイン継承戦争はヨーロッパ各地で展開されて、初めフランス・スペイン連合軍は孤立していました。
しかし、ルイ14世のもとで強大な軍隊を持っていたフランスは各地で主導権を握って優勢になっていきました。
初めフランス優位で進んでいたスペイン継承戦争ですが、対フランス同盟の名将たちの活躍もあり、次第にフランスも各地で同盟軍に押されるようになっていきます。

しかもフランス国内ではプロテスタントが混乱に乗じて反乱を起こすなど、民衆の間で不満も膨らんでいました。
特にイギリス軍に対して各地で敗北が続き、フランスは地中海や大陸の要衝を占領されてしまいます。

同時に、戦争中にウィリアム3世が事故死してしまい、アン女王が即位した年にはアメリカ大陸でもイギリスとフランスが激突する「アン女王戦争」も始まりました。
加えて、フランス国内で深刻な飢饉が起こってしまったことで、民衆の不満も爆発寸前にまで膨れ上がっていきます。
こうして戦場が拡大して、軍事費も底をつき始め、国内で反乱の危機が迫ったことで、劣勢に立たされていたフランスは戦争を継続するのが次第に難しくなっていきました。
結果、フランスは講和条約を結ぶことになり、スペイン継承戦争はユトレヒト条約によって終結することになりました。

ユトレヒト条約
講和条約であったユトレヒト条約では、主に以下のような内容が決められました。
・スペイン・・・フェリペ5世(ブルボン家)の即位を承認。ただしフランス王位との兼任は禁止。
・オーストリア・・・スペイン領のネーデルラント、ナポリ、ミラノ、サルデーニャを獲得。
・イギリス・・・ジブラルタルとミノルカ島、黒人奴隷貿易の独占権を獲得。
・フランス・・・北アメリカの一部(ニューファンドランド、ハドソン湾地域など)をイギリスに割譲。
この条約によって、スペインはブルボン家の王朝が成立することになりましたが、フランスとスペインの同君連合は阻止されてしまい、フランスはヨーロッパでの覇権を失うことになりました。

一方、スペインはヨーロッパで本国以外の領土を全て失うことになり、大西洋の制海権も徐々に各国に浸食されていくことになります。かつて「太陽の沈まぬ国」と呼ばれたスペインは、こうしてヨーロッパの大国から転落することになりました。
こうして、ヨーロッパでは各国がにらみを利かせる勢力均衡の状態がしばらく保たれることになりました。

実はスペイン継承戦争で一番得をしたのはイギリスなんですよ。
イギリスは制海権を拡大したことで植民地を増やしていき、その後、全盛期である大英帝国への基礎を築いていくことになりました。

まとめ
MQ:ルイ14世の絶対王政は、フランス国内とヨーロッパ全体にどのような影響を与えたのか?
A:重商主義で経済を強化しつつも浪費と戦費で国力を消耗させ、ナントの王令廃止によりユグノーが国外流出し、国内産業が停滞させ、他国の発展の一助となった。常備軍を整備して侵略戦争を繰り返したが、最終的に覇権を失い、ヨーロッパに勢力均衡をもたらした。

今回はこのような内容でした。

次回は、イギリスとフランスの覇権争いについてです。なぜ両国の覇権争いは国際的な戦争に発展したんでしょうか?
それでは次回もお楽しみに!
「愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ。」by ビスマルク
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