[12-2.3]独立宣言と合衆国憲法:現代との共通点と相違点とは?

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12-2.アメリカ合衆国の独立

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はじめに

グシャケン
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前回はこのような内容でした。

グシャケン
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今回はアメリカ合衆国の「独立宣言」と「合衆国憲法」についてみていきます。独立直後と現代でも合衆国はどこが一緒で、どこが違っていたんでしょうか?

それでは一緒にみていきましょう!

MQ:独立した直後と現代の合衆国で、似ている点と違っている点とは?

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独立宣言

共和国の誕生

1776年、北アメリカの13植民地が「独立宣言」を出したことは、単純にイギリスからの独立を意味するものではありませんでした。

それは、当時の世界ではとても革新的だった「共和国」の誕生を意味していたからなんです。

共和国・・・主権が君主ではなく国民にある政治体制

まだ当時、君主国が多かったヨーロッパ諸国に大きな衝撃を与えました。

そしてアメリカ合衆国の独立は、歴史的に見て「革命」と呼ばれています。

グシャケン
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では、なぜアメリカの独立は「革命」と呼ばれているんでしょうか?

それは、アメリカ合衆国の独立が「君主国から共和国」という政治体制の変化と、「独立宣言」で、自由・平等・人権といった「共和政」の理念を掲げていたことから、「革命」と呼ばれるようになったんです。

アメリカ合衆国の独立
グシャケン
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ここからは、その「独立宣言」について詳しくみていきましょう。

独立宣言の内容

アメリカ独立戦争の最中、13植民地は独立の正当性を国内外に示すために「独立宣言」を起草しました。

起草の中心になったのは、南部の大農園主で政治家でもあったジェファソンという人物でした。

独立宣言(抜粋)

われわれは、次のような真理をごく当たり前のことだと考えている。つまり、すべての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできない権利をあたえられており、その権利のなかには生命、自由、幸福の追求が含まれている。 またこれらの権利を確保するために、人びとの間に政府を作り、その政府には被治者の合意の下で正当な権力が授けられる。そして、いかなる政府といえどもその目的を踏みにじるときには、政府を改廃して新たな政府を設立し、人民の安全と幸福を実現するのにもっともふさわしい原理にもとづいて政府の依って立つ基盤を作り直し、またもっともふさわしい形に権力のありかを作り変えるのは、人民の権利である。
もっとも、じっさいには、分別を働かしさえすれば、長年続いてきた政府をたいした理由でもなかったり、あるいは一時的な理由から改廃すべきでないというのは、容易にわかることである。したがって、これまでの歴史は、人類には慣れ親しんできた政府を廃止して政府自体を作り直すことよりも、その弊害が耐えられるのであればそれを苦しんでも耐える傾向にあったことを示している。
しかしながち、権力の乱用や略奪が長く続き、人民を絶対的な専制の下に落としめようとする企てが絶えまなくみられる場合には、人民は権利ばかりでなく義務としても、そのような政府を転覆し将来の安全を確保するために新しい警護者を見つけなければならない。アメリカの植民地は、まさにそうした事態を耐え忍んできたのであり、いまや植民地が従来の政府機構を改変しなければならなくなっているのも、以上述べてきた理由によるものである。

引用:大下尚一他編『史料が語るアメリカ』1989

主な構成は以下の三つです。

・基本理念の提示

人間の平等、天賦人権、政府の正当性は国民の同意に基づき、圧政に対する革命権の正当性。

・イギリス国王への告発

イギリス国王による植民地への圧政や不当な支配の数々を列挙。

・独立の宣言

イギリスへの忠誠を拒否し、独立国家としてのアメリカ合衆国の誕生を宣言。

天賦人権・・・全ての人が生まれながらに持つ平等な権利

簡単にまとめると、「イギリス本国による植民地支配は理不尽である」ということを指摘して、「アメリカの独立は正当である」ということを主張していたんです。

独立宣言の内容

特に注目すべき点は、宣言の初めに記された次の部分です。

「すべての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできない権利をあたえられており、その権利のなかには生命、自由、幸福の追求が含まれている。」

グシャケン
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これをわかりやすく言い換えると、

人はみんな平等に生まれてきて、命や自由、幸せを目指すことなどの大事な権利は誰にも奪えない」ということです。

政府が政治をおこなうには、国民の納得や支持が必要で、もし政府が国民の権利を侵害したら、それを変更させたり、廃止させることができる権利があるという、「革命権」が説かれました。

グシャケン
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これらの理念は、イギリスの哲学者だったロックの社会契約説や「抵抗権」、「天賦人権(てんぷじんけん)」の考え方に影響を受けて、作成されていました。

独立宣言の内容 民主主義 革命権

SQ:「独立宣言」が抱えた矛盾とは?

アメリカの独立と国民主権が盛り込まれた革新的な「独立宣言」でしたが、起草したジェファソンはある矛盾に悩んでいました

それは何かというと、主にプランテーションでおこなわれていた「奴隷制」でした。

グシャケン
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ではなぜジェファソンは奴隷制に矛盾を感じていたんでしょうか?

独立宣言では「すべての人間は平等に創られている」という内容が高らかに宣言されていましたよね。

しかし、起草したジェファソンは「奴隷を所有する南部のプランテーション経営者」でした。

なのでこの事実にジェファソンは、「奴隷制」と「独立宣言の理念」の間にある矛盾に気づき奴隷制を非難する内容を独立宣言に盛り込もうとしたんです。

グシャケン
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でも、内容を見ると、奴隷制を非難する内容はどこにも見当たらないですよね。

しかし、最終的な独立宣言に奴隷制廃止が盛り込まれなかったのは、南部植民地の代表たちによる強い反対があったからなんです。

グシャケン
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南部のプランテーションで奴隷が使えなくなると、仕事になりませんからね。

そのような事情から、「独立宣言」から「奴隷制」に関するものは削除されることになりました。

こうして、「すべての人間は平等に創られている」と宣言しながらも、「先住民やアフリカ系奴隷の人権は対象外」という暗黙のルールができて、矛盾が生まれてしまったんです。

SQ:「独立宣言」が抱えた矛盾とは?

「すべての人間は平等に創られている」と宣言しながらも、南部植民地の反対により「奴隷制」に関する文言が削除されたことで、独立宣言の理念と現実との間に大きな矛盾を抱えることになった。

こうした経緯は、アメリカ独立が掲げた「自由」や「平等」といった理想が、当時の奴隷制などの社会の現実といかにズレていたかを表しています。

「独立宣言」が抱えた矛盾とは?

近代民主主義への影響

しかし、そんな矛盾を抱えていた独立宣言でしたが、それでも独立宣言が掲げていた理念は、後のフランス革命の「人権宣言」や、世界各国の民主主義の発展に大きな影響を与えました。

・万人の平等と天賦人権

・政府の正当性は人民の同意に基づく

・圧政に対する人民の革命権

基本理念にもあったこれらの原則は、後に制定されるアメリカ合衆国憲法にも受け継がれ、現代の市民社会の基礎になっていきました。

独立宣言の影響 合衆国憲法 現代民主主義
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合衆国憲法

独立直後の課題と合衆国憲法の制定

13植民地から独立を果たしたアメリカ合衆国は、1つの統一国家ではなく、13の州がそれぞれ主権を持つ「ゆるやかな連合体」として出発しました。

連合を束ねる中央政府連邦政府はありましたが、権限は限定的で、財政難や政治の混乱に十分に対応できない状況が続きました。

グシャケン
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13植民地はイギリスに対抗するために団結していただけで、もともと植民地ができた理由や目的が違いましたから、やり方がバラバラだったんです。

そんな中、国内で農民反乱が起こるなど、連邦政府に対する不満が爆発して、統率力の無さが露呈(ろてい)してしまいます。

このような背景から、

もっと強いルール(憲法)を作って、連邦政府が州(もと13植民地)をコントロールしないと!

ということになり、より強力なルール(憲法)のもとで、連邦政府が州をコントロールする必要性が求められるようになります。

そして、フィラデルフィアで協議されて制定されたのが、合衆国憲法でした。

合衆国憲法の制定

内容と3つの性質

この合衆国憲法は、主に以下の3つで構成されています。

・連邦主義

・三権分立

・人民主権

グシャケン
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では1つ1つみていきましょう。

連邦主義

新たな憲法のもとで、アメリカは「連邦共和国」という体制を敷きました。

これは、各州に大幅な自治を認めつつも、国防や外交といった国家の安全に関わる分野は、強力な連邦政府がまとめるという連邦主義」に基づく体制でした。

グシャケン
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この連邦政府の長を務めているのが、アメリカ大統領ですね。

この「連邦主義」によって、それまでの州の独立性を維持しつつも、国家として一体感も持つことができて、バランス良く国家を運営できるようになりました。

連邦主義
三権分立

そして、この合衆国憲法の最大の特徴が三権分立です。

これは、国家権力を[行政]・[立法]・[司法]の三つの権力に分け、それぞれが互いに監視し合う抑制と均衡を保つことで、権力の集中と濫用を防ごうという考え方でしたね。

・行政権国民が選出する大統領が政府のリーダーとなり、政策の実行を指揮。

立法権上院・下院からなる「連邦議会が、合衆国全体に関わる法律(課税権など)を制定。

司法権連邦最高裁判所が憲法や法律の解釈や適用を審査。

三権分立 大統領 連邦政府 最高裁判所
グシャケン
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では、なぜアメリカ合衆国では「三権分立」が採用されたんでしょうか?

SQ:なぜ三権分立が必要だったのか?

独立前のイギリス植民地だった時代は、イギリス本国(国王や議会)が強い権限を持っていました。

なので、植民地に対して本国から一方的に課税や政策を決めておこなっていたんです。

こうした専制的な支配への反発が、アメリカ独立戦争の原動力の一つにもなっていましたよね。

なので、その反省からアメリカは権力を1つに集中させずに、複数の機関が互いに監視し合う「三権分立」の仕組みを採用したというわけなんです。

SQ:なぜ三権分立が必要だったのか?

イギリス本国による専制的な支配への反省から、権力の集中を防ぎ、互いに監視し合うことで自由と民主主義を守るために必要とされた。

なぜ三権分立が必要だったのか?
人民主権

そして、合衆国憲法を構成する最後のピースが「人民主権です。

合衆国憲法の前文には、

「われら合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し…」

という一文があり、国家の主権が人民(国民)であることを明確にしています。

これは、1776年のアメリカ独立宣言の「すべての人間は神によって平等に造られ…人びとの間に政府を作り、その政府には被治者人民の合意の下で正当な権力が授けられる」という精神を受け継いでいました。

このように、ヨーロッパの君主国とは違い、憲法前文での「人民主権」の明示は、「国家の政治は、国民の意思によって決める」という民主主義の基本的な考え方が表現されていたんです。

グシャケン
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日本国憲法の前文でも、「主権が国民に存する」ことが明確に書かれていますよね。国家の最高権力が国民にあるというこの考え方は、近代で立憲主義を成立させる原則だったんです。

人民主権 

連邦派と反連邦派の対立

立憲主義や民主主義を掲げた合衆国憲法でしたが、それを制定するまでには、激しい論争がありました。

合衆国憲法制定を巡っては、以下の2つに分かれて対立が起きました。

連邦派・・・連邦政府の権限強化

州権派・・・州の自立性を重視

連邦派は共和政には中央集権的な強力な政府が必要だと主張したのに対して、州権派は強力な連邦政府による暴走を恐れて、州の独立性を重視していました。

最終的にこの対立は、連邦政府の政策が人民の人権を侵さないように、人民の権利を保障する「権利章典」を憲法に新たに追加することで、妥協することになりました。

こうして、合衆国憲法は正式に議会を通って施行されることになったんです。

連邦派と州権派に対立
グシャケン
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この2つの派閥対立は、のちにアメリカの政党政治の原型となる「連邦党(もと連邦派)」と「民主共和党(もと反連邦派)」の分裂へとつながっていくことになります。

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初代大統領ワシントンと中立政策

合衆国憲法の制定と同時に、連邦政府も正式に発足して、独立戦争で総司令官を務めたワシントンが初代大統領に就任しました。

グシャケン
グシャケン

現在の1ドル札の顔になっている方です。

1ドル札

彼は、連邦派の議員を財務長官にして、州権派から国務長官を任命するなど、党派のバランスに配慮した政権を組織しました。

国務長官・・・外交のトップ

ワシントン政権が発足した当初、海の向こう側ではフランス革命が勃発していました。

当時のブルボン朝フランスは、アメリカ独立戦争の時に支援してくれた存在だったので、

フランス政府を支援すべきではないか?

というフランス王朝への支援を求める声があがりました。

しかし、ワシントン大統領は、

ワシントン
ワシントン

我が国は、まだ新興国で安定していない。今ヨーロッパに支援を送るのは危険だ。

と判断して、新興国としての立場を考えて、ヨーロッパに対して中立の立場を採る「中立政策」を採用しました。

これは、ヨーロッパなどの国際政治への過度な介入を避けて、国内の安定と発展を優先しようとした現実的な判断でした。

グシャケン
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ここから、アメリカ合衆国はこの「中立政策」が伝統になっていき、独自に発展していくことになります。

良く聞く「アメリカファースト」ってやつですね。

初代大統領ワシントンの「中立政策」
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理想と現実のギャップ

アメリカ合衆国の独立は、「自由」「平等」「人民主権」といった理念を掲げて、後のフランス革命や中南米諸国の独立運動に影響を与えました。

しかし、その理想がすべての人々に平等に与えられたわけではなかったんです。

先ほど説明があった通り、独立後も南部を中心に「黒人奴隷制」がおこなわれ、ジェファソンが奴隷貿易を禁止しようとしましたが、南部からの反対で実現しませんでした。

さらに、13植民地時代に中断していた西部への拡大が解禁されると、先住民との衝突や迫害が再び起きるようになります。

このように、アメリカ合衆国はあくまで「白人中心の国家」として発展していくという、合衆国憲法とのギャップを抱えていくことになりました。

合衆国憲法 理想と現実のギャップ
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まとめ

MQ:独立した直後と現代の合衆国で、似ている点と違っている点とは?

A:「人民主権」や「自由・平等」の理念を共有している点で共通する。一方、独立当初は奴隷制や先住民排除など理念との矛盾を抱えていたが、現代では多様性と平等がより実現されている。

グシャケン
グシャケン

今回はこのような内容でした。

次回は、フランス革命勃発についてみていきます。絶対王政を極めたフランスでなぜ革命が起きてしまったんでしょうか?

それでは次回もお楽しみに!

「愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ。」by ビスマルク

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グシャケン
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