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[13-1.6]社会主義思想②(ドイツ)

13-1.ウィーン体制と社会変動

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はじめに

グシャケン
グシャケン

前回はこのような内容でした。

グシャケン
グシャケン

今回は社会主義思想の2回目としてドイツについてみていきます。なぜドイツではマルクス主義が出てきて、社会に大きな影響を与えたんでしょうか?

それでは一緒にみていきましょう!

MQ:なぜ19世紀のドイツでマルクス主義が誕生し、大きな影響力を持ったのか?

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「新しい貧困」と自由主義の限界

産業革命が生み出した「新しい貧困」

グシャケン
グシャケン

ここは前回の[13-1.5]社会主義思想①(イギリス、フランス)でも同じような内容があるので、復習になります。

19世紀のドイツでは、産業革命が急速に進みました。

ナポレオン戦争後に改革がおこなわれて、産業拡大の土台ができて、ドイツ関税同盟によってバラバラだった市場が統一されたことで、産業革命が起こりました。

加えて、ルール地方と呼ばれる地域では、鉄や石炭が豊富に採れたことも急速に産業革命が進展した要因の一つでした。

この産業革命によって都市化が進んだことで、農村で暮らしていた人々が仕事を求めて都市へ移るようになり、多くの人が工場労働者として働くようになります。

ドイツ産業革命 都市の工業化

しかし、そこで待っていたのは、イギリス産業革命でも起きていた、

・長時間労働

・低賃金労働

・不衛生なスラム化

・過酷な児童労働

といった社会問題(労働問題)でした。

これによって、労働者はこれまでにない“新しい貧困”に直面することになりました。

工場労働は熟練を必要としない単純労働だったので、労働者は「替えがきく存在」になってしまい、改善するために資本家に交渉することもできませんでした。

その結果、労働者の生活はどんどん苦しくなっていき、資本家との経済格差が大きくなっていくことになりました。

社会問題(労働問題)

SQ:なぜ工場労働者は、農村で働いていた頃よりも不安定な生活になったのか?

グシャケン
グシャケン

では、ここまでを振り返って、なぜ工場労働者は農村の時よりも生活が不安定になってしまったんでしょうか?

それは、まさに当時が、

工場労働 = 誰でもできる仕事

だったからなんです。

なので、資本家に雇われた労働者は、賃金を上げる交渉をすることができず経営者にとっては代わりがいくらでもいる存在だったので、賃金の水準が上がらずに不安定な状態になってしまったんです。

SQ:なぜ工場労働者は、農村で働いていた頃よりも不安定な生活になったのか?

工場労働は「誰でも代わりがきく仕事」だったため、労働者は賃金交渉力が弱く、簡単に解雇されうる不安定な生活に置かれたため

なぜ工場労働者は、農村で働いていた頃よりも不安定な生活になったのか?

自由主義の限界

産業革命が進んでいた頃、自由主義という値観が主流になっていきましたよね。

とくに自由主義は「国家は経済に口を出すな」という自由放任主義を主張していたので、労働条件も「労働者と経営者の自由な契約の結果」だと考えていました。

しかし、現実には

・経営者・・・資本(富)と権限を持つ

・労働者・・・生活のために働かざるを得ない

という圧倒的な力の差がありました。

「自由な契約」と言いながら、実際には“自由ではない”労働者が大量に生まれた。

この矛盾が、自由主義の限界を浮き彫りにすることになりました。

自由主義の限界
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マルクスとエンゲルスの登場

こうした社会の矛盾に不満を抱いて、社会主義を主張したのがマルクスエンゲルスという人物でした。

マルクス
エンゲルス

マルクスは当時の政府の専制政治ぶりを新聞社の編集長として批判していました。

当然ながら政府によって出版が禁止になってしまい、マルクスは亡命を余儀なくされてしまいます。

その後、パリに移ったマルクスは、フランスの社会主義思想と出会い、次第に社会主義・共産主義へ関心を深めていくことになりました。

一方、エンゲルスは裕福な資本家の息子として生まれた富裕層でした。

彼の父親はマンチェスターで紡績工場を経営していて、エンゲルス自身も若い頃はそこで働いていました。

グシャケン
グシャケン

要は、工場経営者(資本家)の息子だったんです。ボンボンというやつですね。

しかし、マンチェスターの工場で労働者の悲惨な生活を目の当たりにしたことで、エンゲルスは資本主義の矛盾を痛感するようになります。

そこから資本主義を批判するようになり、労働者側に立った社会主義を主張していくようになりました。

グシャケン
グシャケン

「資本家の家に生まれた男が、資本主義を批判し、労働者の味方になった」という、歴史的にかなり珍しいケースですね。

マルクス エンゲルス

その後、パリで出会った2人は共鳴して社会問題を分析して、次のような主張を導き出しました。

資本家は労働者を雇い、賃金を払う

労働者は働いて価値を生み出す

③しかし、労働者が生み出した価値の一部を資本家が利益として取得する

2人はこれを「搾取」であるとして、社会問題を生み出している原因だと断定しました。

SQ:なぜ労働者は「正当な賃金」を受け取れなかったのか?

グシャケン
グシャケン

では、なぜ労働者は「正当な賃金」を受け取れなかったんでしょうか?

マルクスの考えでは、「資本主義」には次のような法則がありました。

資本家は利益を最大化しようとする

労働者は生活のために賃金を得る必要がある

利益は「売上 − 費用」で決まる

だから資本家は、費用(特に人件費)をできるだけ低くしたい

つまりこれらの法則から、労働者の低賃金は資本家が「悪い人」だからではなく「利益を出すためには賃金を低く抑える方が有利」という仕組みができてしまっていたんです。

加えて、さきほども説明があった通り、工場労働は「誰でもできる仕事」だったので、労働者は生活のため資本家に対して強く出ることができませんでした。

結果として、労働者の賃金が低いまま固定されてしまうという負の連鎖が起こっていたんです。

グシャケン
グシャケン

この状況をマルクスは「搾取」と呼んだわけなんです。

SQ:なぜ労働者は「正当な賃金」を受け取れなかったのか?

資本家が利益を増やすために人件費を抑えようとする仕組みと、誰でも代わりがきく工場労働で労働者の交渉力が弱かったため。

搾取 なぜ労働者は「正当な賃金」を受け取れなかったのか?

以上のことからマルクスは、

搾取は“資本家の悪意”ではなく、“資本主義”という制度から生まれる。

という結果にたどり着きました。

なので、「資本家が優しくなれば解決する」 という話ではなく、 資本主義という制度そのものを変えない限り、労働者は正当な賃金を受け取れないとマルクスは考えました。

マルクス主義
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『共産党宣言』と『資本論』

『共産党宣言』

1848年、ヨーロッパ各地で革命(1848年革命)が勃発する直前、マルクスとエンゲルスは資本主義制度を変えるために『共産党宣言という書物を発表しました。

グシャケン
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以下は有名な冒頭の一文です。

「ヨーロッパに幽霊が出る・・・共産主義という幽霊が。」

●共産主義とは?

共産主義を簡単に言うと、「私有財産をなくして、社会全体で生産手段を共有し、必要に応じて分け合う社会」を指します。

・土地・工場・機械などの生産手段を個人のものにしない

・みんなで使い、みんなのために働く

・生産物も「みんなのもの」として分配する

つまり、「お金持ちだけが工場を持って利益を独占する」状態をなくす発想なんです。

共産主義は最終的には、

①貧富の差がない社会

②階級が存在しない社会

③最終的には国家すら不要になる理想社会

を目標にしていて、国が管理する社会と思われがちですが、理論上の最終形では“国家も消える”のがポイントになっているんです。

●社会主義と共産主義の違い

比較項目社会主義共産主義
財産の所有国が管理(公共所有)完全な共有(私有財産なし)
目的貧富の差を縮小完全な平等社会
国家の役割強い国家が管理最終的には国家が不要
実現性現実に近い政策も多い理想性が強く実現は困難

この『共産党宣言』で2人は、

土地、工場、銀行、交通機関・・・

といった社会を動かす大事な仕組みは、みんなで共有(公有化)すべきだと考えました。

グシャケン
グシャケン

みんなが必ず使うものが、資本家に握られたら利益を搾取され続けると考えたためですね。

そして、それを実現するためには、労働者が団結して社会を根本から変える革命”が必要だと主張しました。

グシャケン
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ここで叫ばれた名言が「万国の労働者よ、団結せよ!」でした。

この『共産党宣言』が2人の社会主義運動の出発点となりました。

『共産党宣言』

『資本論』

加えて、マルクスの代表作である『資本論は、「資本主義はどんな仕組みで動いているのか」というのを徹底的に分析したものでした。

彼がそこで主張したのは、大きく次の二つです。

・労働者は搾取され続けるため、貧困から抜け出せない

・資本家の利潤追求には限界があり、資本主義はやがて崩壊する

資本家は利益を増やすために、より安く、より速く生産しようとします。

しかしその競争が激しくなるほど、次のような矛盾が生まれるんです。

①競争の激化・・・他社に勝つために設備投資が増える

②利益率の低下・・・競争が激化するほど、利益率が下がる

③過剰生産・・・売れる量以上に商品が作られる

④不況の反復・・・売れ残りが増え、企業が倒産し、景気が定期的に悪化する

以上のことから、マルクスはこれらが繰り返されることで、 資本主義は長期的には持続できないと訴えました。

この『資本論』は、「資本主義の矛盾を暴いた本」として世界中に影響を与え、各地に衝撃を与えることになりました。

グシャケン
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マルクスはロンドンの大英博物館の閲覧室にこもって、 毎日10時間以上資料を読み続けて『資本論』を書いたそうです。 友人のエンゲルスが生活費を出してくれたおかげで完成したと言われているんですよ。

おまけに『資本論』は内容が難しく、当時の労働者はほとんど読めなかったみたいです。

『資本論』
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国際労働運動とマルクス主義の広がり

マルクスは社会主義の思想家であるだけでなく、国際労働運動を組織した人物でもありました。

第1インターナショナル(世界初の労働者の国際組織)を結成して、各国の労働運動を指導したりと、革命運動の中心人物として活動しました。

マルクスとエンゲルスの思想は、その後マルクス主義と呼ばれるようになり、労働運動や社会主義政党の結成などに大きな影響を与えました。

グシャケン
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特に、ドイツ社会民主党やロシア革命(1917年)、中華人民共和国の建国(1949年)など、世界史を動かした出来事の原動力にもなっているんですよ。

マルクス主義の広がり 第1インターナショナル
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社会主義以外の「もう一つの道」

以上で説明してきた社会主義思想とは別に、キリスト教の教会や慈善団体も労働者の生活改善に取り組んでいました。

彼らは、

・自助努力の支援

・生活指導

・救貧活動

などを通じて、労働者の生活向上を目指しました。

グシャケン
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これは後の社会福祉政策につながっていくことになります。

ちなみに、当時は特に労働者の「飲酒問題」が重視されて、各国で飲酒禁止を叫ぶ組織が結成されたそうですよ。

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まとめ

MQ:なぜ19世紀のドイツでマルクス主義が誕生し、大きな影響力を持ったのか?

A:急速な産業革命が生み出した「新しい貧困」と、自由主義ではその矛盾を解決できないという限界が明らかになり、マルクスとエンゲルスがその原因を理論化して示したため。

グシャケン
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今回はこのような内容でした。

次回は、1848年革命についてです。ヨーロッパ各知でどのような地域で革命が連鎖的に起きたんでしょうか?

それでは次回もお楽しみに!

「愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ。」by ビスマルク

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