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はじめに

前回はこのような内容でした。


今回は南北戦争についてです。南北戦争はなぜ起こり、アメリカにどんな影響を与えたんでしょうか?
それでは一緒にみていきましょう!
MQ:南北戦争はなぜ起こり、アメリカ社会にどんな変化をもたらしたのか?
背景
南北戦争とは?
南北戦争とは1861年から1865年まで続いた、アメリカ史上最大の内戦のことを指します。

アメリカでは「Civil War」と呼ばれています。
この内戦では、約62万5000人もの死者を出して、アメリカ史上最多の死者を出した戦争となりました。

では、なぜこのような内戦が起きたのか、その背景をみていきましょう。

1860年大統領選挙と民主党の分裂
まずは当時のアメリカは、北部では工業化が進み、自由労働を基本にしていました。
一方、南部は綿花プランテーションを中心とする農業社会で、黒人奴隷の労働に依存していました。
以上の特徴から、両者の価値観は大きく違っていて、政治的な対立は年々深まっていました。
そして、南北戦争の直接の引き金となったのは、1860年の大統領選挙でした。
この選挙では、奴隷制の扱いをめぐって民主党が真っ二つに割れてしまいます。
北部の民主党は、奴隷制の扱いを各州の判断に委ねる「人民主権」を掲げるダグラスを候補にしました。
南部の民主党は、奴隷制を強く擁護して、新領土にも奴隷制を認めるべきだと主張するブレッキンリッジを独自に擁立しました。
そして、共和党は奴隷制そのものを全面否定するんじゃなく、「新しく獲得した領土への奴隷制拡大には反対する」という穏健な立場をとるリンカンを候補に選びました。

さらに、民主党にも共和党にも不満を持つ人々が立憲統一党を結成して、ジョン=ベルを候補にします。
最終的にこの大統領選挙の結果は、民主党が分裂したことで票が割れてしまい、共和党のリンカンが勝利することになりました。

リンカンは約187万票、ダグラス約138万票、ベル約85万票、ブレッキンリッジ約59万票でした。

アメリカ連合国(南部連合)の成立
南部の離脱
共和党のリンカンが大統領選挙に当選し、公約通り、「奴隷制の新たな領土への拡大には反対する」という立場を掲げます。
そのため、リンカン当選の知らせは、南部の諸州にとって「これ以上、北部と同じ国ではいられない」ということを決断させることになりました。
南部の州は次々と連邦から離脱していき、離脱した7州が集まって新たに「アメリカ連合国(南部連合)」を誕生させました。

ジェファソン=デヴィスが大統領に選ばれて、首都は最終的にリッチモンドになりました。

アメリカ連合国(南部連合)は、
・黒人奴隷制の維持・拡大
・綿花輸出を軸とした自由貿易主義
・北部中心の連邦政府への反発(州権主義)
を掲げて、綿花プランテーションを経営する大プランター(大農場主)たちから強く支持されました。
また、綿花の最大の輸入国だったイギリスや、ナポレオン3世のフランスが南部を支援してくれるのではないか、という期待もありました。

国際情勢まで視野に入れた“自分たちの国家づくり”だったんです。

開戦
開戦
一方、大統領に就任した共和党のリンカンは、すぐに武力衝突へ進むことを望んではいませんでしたが、南部との緊張は高まるばかりでした。
そして、その緊張が破裂してしまったのが、南部のサウスカロライナ州チャールストン港にあるサムター要塞というところでした。
ここには依然として合衆国(北部)軍が駐留していました。
アメリカ連合国(南部連合)にとって、「自分たちの領土に、旧国家の軍隊が居座っている」状態だったため、南部連合軍はこの要塞に砲撃をします。
リンカンはこれに対して「いかなる州も勝手に連邦を離脱することは許されない」と宣言し、武力による連邦維持を決断します。
ここから南北両軍は本格的な戦争体制に突入することになり、南部連合に新たに4州が加わって最終的に11州が南部連合として、合衆国と戦うことになりました。
このようにして始まったのが、南北戦争でした。



実はサムター要塞での戦いは、砲撃戦こそ激しかったものの、なんと「死者ゼロ」で終わっていたんですよ。この“死者ゼロ”による開戦は、皮肉にもアメリカ史上最多の犠牲者を出す戦争の幕開けとなったんです。
※以降、「アメリカ合衆国軍=“北軍”」、「アメリカ連合国=“南軍”」と表記
産業革命の影響と徴兵制
SQ:南北戦争はなぜ「近代戦」の先駆けと評価されるのか?

南北戦争は「近代戦」の先駆けと評価されています。ではなぜそのような評価を受けているんでしょうか?
南北戦争は、産業革命で生まれた技術が初めて戦争に本格的に投入された戦争でもありました。
●大量生産による武器・弾薬の供給
北部は工業力をほぼ独占していて、銃・砲・弾薬・制服・軍靴などを工場で大量生産することができました。
これによって、兵士の装備が標準化されて補給が安定し、戦争が「産業の力を競い合う戦い」へと変わっていきました。
●鉄道による兵力・物資の高速輸送
そして、鉄道網の発達は、軍隊の移動速度を飛躍的に高めました。
北軍は鉄道を使って兵士を短期間で前線へ送り込み、負傷兵を後方へ運び、物資を継続的に補給することができました。

これは後の第一次世界大戦でも中心となる「鉄道戦争」の先駆けでした。
●通信技術(電信)の活用
電信によって、遠隔地の司令官と政府がリアルタイムで連絡を取り合えるようになりました。
こうして戦争の指揮が中央集権化していき、国家全体で戦争を運営する「総力戦」がおこなわれるようになりました。

●徴兵制の導入
南北戦争はアメリカ史上初めて“徴兵制”が導入された戦争でもありました。
これは「国民を大量に動員して、長期戦を戦い抜く」という近代戦の特徴そのものです。

以下は、南北戦争時の人口比です。
・北部・・・約2100万人
・南部・・・白人550万人、黒人奴隷350万人
このように、北部は圧倒的な人口を背景に、兵力を継続的に補充することができました。
戦争が「国家の総力を動員する戦い」へと変わった点が、近代戦の重要な特徴でした。
産業革命で生まれた技術と国家の総動員が、初めて本格的に戦争へ投入されたから。

経過
前半:南軍優勢と北軍の苦戦
一方、南部は工業力では劣っていましたが、優秀な軍人を多く抱えていました。
南軍総司令官リーはアメリカ史上屈指の名将として知られ、 南部騎馬隊の機動力を活かした戦術によって、南軍が戦いを優勢に進めていきました。

それに比べて、戦争初期の北軍は志願兵が中心で訓練も不十分な状態でした。
なので、北軍は戦力不足を補うため徴兵制を導入し、さらに海軍力を活かして南部を海上封鎖する作戦を開始します。

ちなみに南北戦争は「兄弟同士が銃を向け合った戦争」と呼ばれることがあります。実際、北軍と南軍に兄弟が分かれて参戦した例がたくさんあったそうですよ。
加えて、南軍の士官の多くは、北軍の士官と同じ士官学校(ウエストポイント)の同窓生でした。 そのため、戦場で旧友同士が対峙することもあり、「南北戦争はウエストポイントの同窓会」と揶揄されることもありました。
優勢に進めていた南部は、イギリスとの綿花貿易に依存していたことから、「綿花外交」でイギリスから支援を得ようとしました。
しかし、これには北部のリンカンによる“ある宣言”によって揺らぐことになります。

奴隷解放宣言
それが、劣勢に立たされた北部のリンカンが出した「奴隷解放宣言」と呼ばれるものでした。
それ以前から、「南部が連邦に復帰しなければ奴隷を解放する」と警告していましたが、南部は応じていませんでした。
そこでリンカンは予告通り奴隷解放宣言を実施して、南北戦争の形成を大きく塗り替えようとしました。

では、この奴隷解放宣言は国内と国外にどんな影響を与えたんでしょうか?
リンカンの意図を探ってみましょう。

SQ:奴隷解放宣言は、国内と国際社会にどんな影響を与えたのか?
●国内への影響
奴隷解放宣言が国内に与えた一番大きい影響は、戦争目的の劇的な転換でした。
それまで北部は「連邦の維持」を掲げて戦っていましたが、宣言によって戦争は「奴隷制廃止」のための戦いへと変わっていきました。
「アメリカ民主主義の理念を守る戦い」であると強調されて、北部の士気を大きく高めることになりました。

ここで注意すべきなのが、宣言は「反乱州(南部)」の奴隷のみを対象としてして、北部の自由州や中立を保っていた奴隷州は除外されていました。
それでも、この宣言によって、300万以上の黒人が「解放されるべき存在」と公式に位置づけられたことになりました。
さらに重要なのは、黒人兵の参加が可能になったことでした。
リンカンは宣言の中で、適切な条件を備えた黒人を北軍に受け入れると明言しました。
これによって、北軍は新たな“黒人”という兵力を獲得することになり、戦力を大きく強化しました。
戦争が長期化する中で、この兵力増強は北軍にとって大きな味方になりました。

●国際社会への影響
もう一方で、大きな影響を与えたのが国際社会でした。
特に奴隷解放宣言は、イギリスの態度を大きく変えることになりました。
当時のイギリスは自由貿易主義の最盛期で、綿花を輸出する南部と経済的に強い結びつきを持っていました。
なので、イギリス産業資本家の多くは南部を支持していました。
イギリス政府もその影響を受けて、南部(アメリカ連合国)を独立国家として承認しようという動きがありました。
しかし、リンカンが奴隷解放宣言を掲げたことで状況が一変します。
イギリスではすでに奴隷制廃止が進んでいて、市民や労働者の間では「奴隷解放を掲げる北軍を支持すべきだ」という声が急速に高まっていきました。
人道的な大義名分を掲げた北部を、世論に押される形でイギリス政府も支持せざるを得なくなり、南部を支持できなくなってしまったんです。
また、フランスのナポレオン3世も、イギリスが北部支持に傾いたことで、フランス単独で南部を支援することが難しくなってしまい、北部を支持します。
こうして南部は国際的に孤立していくことになり、北軍が有利という流れが決定的になっていったんです。
国内では戦争目的を奴隷制廃止へと転換し、黒人兵の参加を可能にして北軍の戦力と士気を高めた一方で、国際社会ではイギリス・フランスの南部支持を封じ、北部への支持を強めて南部を孤立させた。

後半:ゲティスバーグの戦いとリンカン演説
しかし、南軍の抵抗も激しく、南北戦争は2年を超えても終わらず、戦局は一進一退を続けていました。
そして、ここでも北部のリンカン大統領が戦局を打開するために施行したのが、ホームステッド法です。
これは21歳以上の男女に公有地を貸し与えて、5年間定住して開拓すれば160エーカーの土地を無償で与えるというものでした。

160エーカーは東京ドーム14個分にもおよぶ広さでした。
これで資本(お金)の少ない農民でも農地を持てるようになり、西部の人々はリンカン政権を支持するようになります。
こうして、北軍は西部の農民の支持と、北部工業地帯の経済力を背景に、次第に戦力を立て直していきました。

こうした状況の中、南軍は一気に戦局を動かすため、再び北部への侵攻を決断します。
リー将軍率いる約75,000の南軍はペンシルベニア州のゲティスバーグへ進軍し、北軍の約88,000の軍勢と激突しました。
このゲティスバーグの戦いは3日間に及んで続き、総兵士の約4分の1が死傷したとされる、南北戦争最大の激戦となりました。
最終的に結果は北軍が勝利して、南軍の北部侵攻は完全に阻止されてしまい、戦局は北軍優勢へと大きく傾いていくことになりました。

終結と意義
終結
ゲティスバーグでの敗北後、南軍は徐々に追い詰められていきます。
北軍のグラント将軍が南軍を徐々に追い詰めていき、南軍の首都リッチモンドが陥落して、リー将軍が降伏したことで、南北戦争は終結することになりました。
こうして、アメリカは北部の合衆国によって再び統一されることになりました。
戦争の勝利に喜ぶはずだったリンカン大統領でしたが、南北戦争終結の5日後に、観覧中の劇場で南部出身の俳優にピストルで撃たれて暗殺されてしまいました。

南北戦争の終結は、同時にリンカンの生涯の終わりでもありました。

歴史的意義
南北戦争は、アメリカの歴史に深い影響を与えました。
①奴隷制廃止
第一に、奴隷制廃止への大きな一歩となりました。
奴隷解放宣言によって奴隷制は法的に廃止されることになりました。

でも差別がその後も続いていき、差別を容認する法律も作られていきました。
②連邦政府の権威強化
第二に、連邦政府の権威が強化されました。
「州は勝手に連邦を離脱できない」という原則が確立されて、アメリカ合衆国はより強固な国家へと変わっていきました。
③近代戦の明確化
第三に、産業革命の成果が戦争に投入されたことで、近代戦の特徴が明確になりました。
鉄道輸送、火器の発達、徴兵制などは、後の戦争にも大きな影響を与えました。

まとめ
MQ:南北戦争はなぜ起こり、アメリカ社会にどんな変化をもたらしたのか?
A:奴隷制をめぐる南北の深刻な対立が、リンカン当選を契機に起こった内戦であり、その結果、奴隷制の廃止、連邦政府の権威強化、そして産業革命の成果を取り入れた近代戦への転換という大きな変化がアメリカ社会にもたらされた。

今回はこのような内容でした。

次回は、アメリカ合衆国の大国化についてみていきます。アメリカにおける「移民」はどのような役割を果たしたんでしょうか?
それでは次回もお楽しみに!
「愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ。」by ビスマルク
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