概要
『ユートピア』は、1516年にイギリスの法律家・思想家のモアによって書かれたラテン語の作品です。
タイトルの「ユートピア」はギリシャ語の「ou-topos(どこにもない場所)」と「eu-topos(良い場所)」を掛け合わせた造語で、理想郷を意味します。
この作品は、モア自身が登場人物として語り手となり、架空の旅人ラファエル・ヒュスデイが語る「ユートピア島」の社会制度を紹介する対話形式で進みます。
現実社会への批判と理想社会の描写が対比されており、当時の社会問題に対する鋭い洞察が込められています。
歴史的背景
『ユートピア』が書かれた16世紀初頭は、ヨーロッパが大きく揺れ動いていた時代でした。
・ルネサンスの広がり:古代ギリシャ・ローマの思想が再評価され、人間中心の考え方であるヒューマニズム(人文主義)が広まりました。
・宗教改革の前夜:教会の腐敗に対する批判が高まり、マルティン=ルターによる改革運動が始まる直前でした。
・社会の変化:封建制度が崩れ、商業都市が台頭。貧困や土地の囲い込みなどの問題が深刻化していました。
モアはこうした社会の矛盾に対して、理想的な社会のあり方を模索し、『ユートピア』を執筆しました。
文化的背景
この時代の文化的な特徴は、ルネサンス期のヒューマニズム(人文主義)と呼ばれる思想の広がりです。
人間の理性や道徳を重視し、教育や倫理の向上を目指す考え方で、モアの親友であるエラスムスもその代表的な人物でした。
エラスムスは教会の形式主義を批判し、内面的な信仰の重要性を説いたことで知られています。
モアとエラスムスは思想的に深く共鳴し合い、『ユートピア』にもその影響が色濃く表れています。
主な登場人物
・モア:著者自身。対話の進行役として登場。
・ラファエル・ヒュスデイ:架空の旅人で哲学者。ユートピア島の社会制度を語る。
・ピーター・ジャイルズ:モアの友人。対話の場を提供する役割。
・ユートピアの住民たち:理想社会の構成員。平等主義と共同生活を実践する人々。
著書の内容
この部分では、イングランドを中心とした当時のヨーロッパ社会の問題点が語られます。
・囲い込みによる農民の困窮:羊毛業の拡大で土地が囲われ、農民が追い出される。
・貧困と犯罪の悪循環:盗みが増え、死刑が乱用されるが根本的な解決にはならない。
・政治の腐敗:君主制の問題点や廷臣のへつらい、戦争の経済的動機が批判される。
・哲学者の政治参加:プラトンの『国家』との対比を通じて、理想と現実のジレンマが語られる。
ここでは、ラファエルが訪れたという架空の島「ユートピア」の社会制度が詳細に描かれます。
1. 地理と都市設計
・島は防御に優れた形状で、54の都市国家が存在。
・首都アマウロトゥムは計画的に設計され、住居は均等に分配。
2. 政治制度
・家族単位で統治され、代表者(シフォグラント)が選ばれる。
・さらに上位の統率者(トラニボル)や首長(プリンケプス)が存在。
・元老院制度もあり、熟慮された政治が行われる。
3. 経済システム
・私有財産の廃止:すべての財産は共有。
・労働の義務化:1日6時間の労働が義務。
・職業の選択と教育:職業は世襲ではなく、適性に応じて選ばれる。
・農業ローテーション制:全員が農業に従事する期間を持つ。
4. 社会制度
・結婚制度:慎重な選択と道徳的な規律が重視される。
・教育制度:男女平等の教育が行われる。
・奴隷制度:犯罪者や外国人が奴隷として扱われる。
・安楽死制度:苦痛に満ちた人生に対して安楽死が認められる。
5. 宗教と思想
・宗教的寛容:多宗教が共存し、信仰の自由が保障される。
・哲学と宗教の調和:理性と信仰が両立する社会が描かれる。
まとめ
『ユートピア』は、単なる空想ではなく、現実社会への鋭い批判と理想への問いかけを含んだ思想実験です。
モアは、エラスムスとの交流や外交経験を通じて、理想社会の可能性を探りました。
この作品は、現代の私たちにも「より良い社会とは何か?」という問いを投げかけてきます。



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